興味深い新書としてWebで紹介されていたため、手に取ってみました。
この本は、原発事故後に多くの専門家が放った言葉を検証し、問題点を明らかにしながら、専門家の信頼が地に落ちた理由とその対策を述べています。ザックリ言うと、専門家の発言へのダメ出し本という感じでしょうか。本書後半に書かれている、信頼やコミュニケーションの概念も興味深いです。
根拠を示さない意見は科学ではない
科学的主張が酒場の雑談と異なるのは,意見を言う際に常に,その根拠を意見を言う側が明確にすることが,科学においては一応の約束とされている点にあります.
(略)
本来,科学者としての発言は,単に既知の知識を,それが妥当であると考えて伝えるのではなく,事故が引き起こした未知の状況に対する具体的な計測と把握を伴っていることで初めて,科学的な論議に求められる挙証責任を果たすことになります.
(p37)
福島原発事故から2年以上経ち、事故後の計測データも少しずつ増えてきています。チェルノブイリ原発事故による影響評価を参考にするのも結構ですが、そろそろ事故後のデータに耳を傾けても良いのではないでしょうか。また、事故後の状況を計測した論文への意見を科学者が行う場合、決め付けや感情論ではなく、意見の根拠となるデータを示したうえで行っていただきたいですね。
実際、論文で自分の意見を述べる際は、意見の根拠となる参考文献を示します。参考文献を示せない意見は「根拠の無い事を書いちゃダメよ~」とお叱りを受け、修正や根拠の提示を迫られます。調査が進むにつれ、過去の論文が否定されることもありますが、むしろ科学では当たり前のことです。
既知の論文への否定を、根拠ある新しい計測データによって行うことは、科学者にとっては当たり前のことです。そのため、根拠を示さないで論文を批判する科学者の発言を見かけたら、発言内容を安易に信頼しない方が身のためです。
自己正当化と責任転嫁
事故で失われた信頼に対して責任をとって対策を進め,信頼を取り戻すのではなく,あたかも信頼が失われていないかのように見せかけ,さらに,信頼の喪失は市民/被害者の側の問題だとする効果をもつようなかたちで発言がなされる状況では,個々の発言の内容をめぐる信頼だけでなく,信頼そのものを支える基盤が社会の中で失われるのも無理はありません.
(p79)責任を市民の側に転嫁することが可能になったのは,本来,責任と信頼性を問われるべき人々も含めた専門家に,事故後もその位置づけが見直されることなく発言の機会が与えられ,メディアがそれを伝えるというコミュニケーションの配置が存在したからでした.
(p85)信頼の構造が崩壊したのは,(中略)不信が科学の側ではなく科学を位置づける社会の側の問題として立ち現れたからだと思われます.
(p85)
この指摘は鋭いですね。このような構図は、専門家の発言だけではなく、特定産地の食材を買わない市民に対して「風評被害だ」と責める際にもみられます。なんでも風評被害と表現する様子には違和感を感じていましたが、これらの文章は、私の心の中のもどかしさを明文化してくれています。
さらに、この構図は原発事故前にも見られます。原因をつくった自身は責任を取らず、立場の弱い者に責任をなすりつける構図は、日本でよくみられる自己正当化と責任転嫁の構図であるといえます。
科学への信頼を取り戻すために
崩壊すべくして崩壊した,本来有効なものであるべき科学への信頼を,それにもかかわらず取り戻すために必要なことは,(中略)専門家が科学的態度を取り戻し科学的態度をもって行動すること,そして,コミュニケーションを再配置し,また再配置を可能にするよう具体的な状況を変更することであることは,ほとんど明らかであるように思われます.
(p86-87)科学の名で社会に加えられた悪害も含めて信頼の問題を考えることは,現在進行形の事態に市民一人一人が対応する観点からも大切です.
(p9)
信頼を喪失させたのは、市民ではなく専門家です。専門家の「科学的態度で接するかわりに既往の知識を当てはめようとする権威的態度(p85)」を解決すること無しに、科学への信頼が戻ることはありません。
私は個人的に、専門家の信頼を解決することはもはや難しいのでは、と思っています。今後は、諸手をあげて専門家を信頼するのではなく、信頼に足るかどうか判断できる力を、私たち市民一人ひとりがつけていくことこそが、未知の危機を生き抜く力になるのではないでしょうか。
本書のまとめともいえる「第5章 コミュニケーションの再配置へ向けて」で述べられている指摘はとても興味深く、全文引用したいところですが、是非本書を手にとって読んでみてください。
haniwaのヒトコト
私自身、原発事故後は特に、専門家・政府と市民のあいだにコミュニケーションの隔たりがあると感じていましたが、この本を読むことで、その理由がハッキリしました。本書の文体はやや固いですが、日頃から専門家の言動にギモンを持っている方にとっては、本書の内容は納得できるものばかりと思われます。